りつこはうす代表
申し遅れました。いずみと申します。りつこさんではありません。代表と言っても一人でやってます。
主人のルーツは奄美大島、鹿児島市で一人暮らしをしていた主人の伯母が、95歳で入院して以来、千葉から通っています。東京生まれ東京育ちですが、千葉県民の方が長くなりました。鹿児島との二拠点生活10年になります。
5人の育児、7人以上の介護終活の傍ら、保健師・助産師として母子保健・産業保健に関わってきました。母親学級で話したり、新生児訪問(産後退院した直後のお家に伺う行政の仕事)をしていました。今、出産って、身近に経験することないですよね? なのに、妊娠すると、いきなりすべての責任がお母さんにくる? 医療機関や行政以外の場でのサポートに関心を持っていました。
鹿児島とのご縁は、高校の時、インターハイで来た時です。インターハイと言っても、数が少ないので、3人いて希望すれば出られました。馬術部です。2回戦で当時優勝した阿蘇農高に負けました。
車はペーパードライバー、今は、馬の代わりに⁈ママチャリに乗っています。りつこはうすのEバイク、楽しんでいます!(そのうち、Eバイクおすすめコースも書きますね!)
東北の地震の時、絶対、赤ちゃんのいるお母さん、困っているはず!と、ボランティアで通いました。赤ちゃんの使うものは大量に集まるけれど、お母さんの使うものってまずないです。お母さんも自分のことは後回しにしちゃうし・・・で、中古の授乳服とマタニティを集めて届けてました。南三陸や田老に行ったり、ご縁ができて盛岡を拠点に陸前高田・大船渡に通いました。あれ以来、災害が続きますね?災害支援もずいぶん変わってきたように思います。
10年ほど前には、四国88ヶ所を巡りました。鉄道やバス、時々タクシー、レンタサイクルも使い、それでも200キロくらいは歩いたかな?宿坊や善根宿、屋根があれば御の字という有難い経験をしました。あの時の経験が、今につながっていると思います。
律子伯母が入院してから約2年介護で通い、その後、主人が相続した家のことで通いました。場所はメチャいいのに既存不適格、売ることも貸すことも上手くいかず、たどり着いたのが「りつこはうす」です。